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員数
1幅
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材質
紙本墨拓
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形状
法帖
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法量
縦37.0×横22.6
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時代
中国・唐時代(広徳2=764:原碑)
広徳2年(764)11月、顔真卿(709〜85)が、右僕射定襄郡王の郭英乂に送った書簡の草稿の拓本。その内容は、郭英乂が百官集会における坐位(席次)を乱したことに対し抗議したもので、そこから争坐位帖と呼ばれる。また帖のいたるところに、加筆訂正のあとがみられるのは、これが草稿であることを示している。