研究目的

 大谷大学は北京版チベット大蔵経や貴重な蔵外文献などをはじめとする多数のチベット語文献を所蔵している。これらは、本学はもとより国内外のチベット研究のための重要な資料となっている。本研究は、これら本学所蔵の重要な文献資料を

 (1)専門の研究者が十分に活用できるよう整理し、データベース化すること

 (2)重要・貴重と思われるものについては電子テキスト化・デジタル画像化して公開することを目的としている。

 また、海外の研究機関との交流を通し、それら研究機関に所蔵されている貴重なチベット語の各写本・経典類や学術資源等の調査研究に取り組み、本学所蔵の各種資料との比較研究のための研究資源を形成することを目指す。

 以上の目的を達成するために、2018年度は、以下の研究を行った。

 

1 チベット語文献の電子テキスト化・画像デジタル化とその公開

 この研究では、まず、以下の文献のテキスト公開・出版に向けた作業をおこなった。

 

  • 『ホルの地に王統と仏教・仏教の保持者・文字の創始・寺院などがいかに現れたのかを説く「宝の数珠」(Hor gyi yul du rgyal rabs dang rgyal bstan bstan ‘dzin yig gzos dgon sde sogs ji ltar byung tshul bshad pa rin chen ‘phreng ba)』=『モンゴル仏教史』

 

 本仏教史は、富山県南砺市城端の宗林寺に所蔵されている寺本婉雅(1872–1940)旧蔵チベット語文献中に含まれているもので、管見の及ぶ限り、国内外において、この宗林寺所蔵のもの以外その存在が確認できない稀覯書である。その奥書の記述から、本仏教史は、ケンチェン・パンディタ=イェシェー・ペルデン(mKhan chen chen paṇḍi ta Ye shes dpal ldan)により1835年に著されたものであることがわかる。残念ながら、著者イェシェー・ペルデンについては、道光帝の時代(1821-1850)に成立した五台山の聖地案内『明瞭な鏡』の著者であろうことが推測される以外、知られるところはない。本仏教史は、モンゴルにおける王統と、仏教弘通の歴史という2つの部分から構成されている。最も興味深いのは、その末尾に記された、モンゴルの寺院リストである。54ヶ寺の名前を挙げるこのリストは、19世紀前半のモンゴルにおける仏教の状況を知る上で、極めて貴重な情報である。

 本研究班では、2007〜2015年度の長きにわたり、宗林寺所蔵の寺本婉雅関係資料を借用し、その整理・研究を行ってきた。本仏教史の持つ価値は、この一連の研究の中で明らかとなった。この貴重な文献を広く学会に公開することが責務であると考えた当研究班は、宗林寺所蔵の寺本婉雅関係資料のうち、本仏教史のみ借用を継続し、出版に向けての作業を進めてきた。

 ドイツのモンゴル学者ハイシッヒが、1961年に発表したモンゴル年代記『エルデニーン・エリヘ(Erdeni-yin Erike)』は、その書名・著者名・著作年代が一致するばかりか、内容も同じであるため、本仏教史のモンゴル語版であると言える。本仏教史出版の際には、ハイシッヒが発表したこのコペンハーゲン王室図書館所蔵写本のローマ字転写テキストも合わせて発表すべく、松川節研究員を中心とし、ボルマー研究補助員と伴真一朗嘱託研究員とでそのローマ字転写作業を進めてきた。ところが今年度終盤に入り、2017年に内蒙古教育出版社から、コペンハーゲン王室図書館所蔵写本の影印と、そのローマ字転写に加え索引をも備えたものが既に出版されていることがわかった。そのローマ字転写にほとんどミスが見られないため、あえて同写本からのローマ字転写テキストを発表することに意味は無いと判断した。そこで、今回の出版では、宗林寺所蔵本の影印とチベット語版テキストのみ収録することとした。ただし、今後の比較研究に資するべく、チベット語版テキストの中に、該当するモンゴル語版テキストの葉数を記入することとした。現在は、今年度中の出版を目指し、最終的な作業を行なっている。

 この他に今年度は、本学図書館所蔵のチベット語文献のうち蔵外13940『極楽に生まれるポワ(遷移)と犯戒還浄など(bDe ba can du skye ba’i ’pho ba dang ltung ba phyir bcos rnams)』というウメー書体写本の研究に新たに着手した。また上野牧生研究員が昨年度に引き続き『プトン仏教史』第1章仏教概説の部分の邦訳研究を行い、来年度の研究所紀要にその成果を発表すべく準備を進めた。また、本学図書館所蔵チベット語文献のうち、いくつかの貴重な文献の写真撮影も行った。

 なお、当初の計画では、ツァンニョン・ヘールカ著『ミラレーパ伝』の翻訳研究を行う予定であったが、この研究を進めるにあたり協力を仰ぎたかった嘱託研究員のクンガ教授が来日できなかったため、残念ながら、進捗させることができなかった。

 

2 モンゴル国立大学との共同研究

 真宗総合研究所とモンゴル国立大学総合科学部との学術交流協定に基づく共同研究活動は、「モンゴルにおける仏教の後期発展期(13〜17世紀)の仏教寺院の考古学・歴史学・宗教学的研究」のテーマのもと、第Ⅱ期の3年目に入った。今年度は、これまでの成果の積み重ねを踏まえ、さらにそれを深化・展開させるために以下のような研究を行った。

 

1) モンゴル国立大学所属の研究者招聘(2017年6月18日〜6月25日)

2018年6月25日~7月2日までモンゴル国立大学総合科学部哲学・宗教学科のS. デムベレル講師を招聘した。6月29日(金)には同氏を講師として「モンゴルで新たに発見されたチベット語仏教文献(Newly discovered Tibetan Buddhist scriptures from Mongolia)」のテーマのもと、公開講演会を開催した。講演の中でデムベレル氏は、ヘンティ県バトノロブ郡イデルメグ村に位置するスジグト寺の経頭ラマの旧蔵書の調査結果を発表した。このコレクションには1,000点以上のチベット語文献が存在し、そのほとんどが写本であるという。タントラ儀軌がその6割を占めることが、このコレクションの特徴であるという。すでにその目録は完成しており、近い将来、モンゴル国立大学との共同研究成果の一つとして、それを公表する予定である。

 

2) モンゴル国内仏教遺跡に関する共同調査(2017年8月19日~8月30日)

2018年8月18日~8月25日に、本研究班からは日本側が松川節研究員と山口欧志嘱託研究員の2名、モンゴル国立大学からはU. エルデネバト(モンゴル国立大学総合科学部社会系人類・考古学科教授)氏が参加して現地調査を実施した。今回の調査では、モンゴル国オヴォルハンガイ県ハラホリン市にあるカラコルム遺跡のドローンによる空撮、アルハンガイ県ツェツェルレグ市にあるブガト碑文の3D撮影、同県イフ・タミル郡にあるタイハル岩遺跡(7世紀~現在に至るまでの様々な文字・言語による題記が残されている)のドローン空撮、ボルガン県モゴド郡に点在する遺跡のドローン空撮をおこなった。ウランバートル市内のモンゴル科学アカデミー歴史考古研究所では、付設博物館に所蔵されるフイス・トルゴイ碑文の閲覧・3D撮影を行った。以上のように、今回の調査では、主に遺跡のドローン撮影と碑文の3D撮影を行なった。合わせて、これまでの共同研究の総括と今後の方向性についても協議を行った。

 

 モンゴル国立大学との共同研究としては、他にも、第一期(2013-15年度)共同研究成果の取りまとめも行なった。その共同研究成果報告書は、今年度中の刊行を目指し、編集の最終的な段階にある。

 

3 海外の研究者・研究機関との交流

 本学の名誉教授であり西蔵文献研究班の嘱託研究員でもあるツルティム・ケサン(白館戒雲)先生がご自身の蔵書のほとんどを中国蔵学研究中心に寄贈するということで、その受領に関わる契約と発送作業のために中国蔵学研究中心の一行が来日した。これに合わせ、中国蔵学研究中心との研究交流の一環として、2018年4月27日(金)午後4時30分より、響流館3階マルチメディア演習室にて、中国蔵学中心図書資料室館員ソナム・ドルジェ氏をお招きし、「清代(17〜20世紀初頭)に北京で開版されたチベット語文献とチベット古文献の保護について」との講題のもと、公開講演会を開催した。講演の中で氏は、清代(17〜20世紀初頭)に北京で開版されたチベット語文献の特徴を述べるとともに、清末・民国時代に至ると、康煕・雍正・乾隆などの古い年代に偽装したものが開版されるようになったという興味深い事実を、いくつかの実例を示しながら披露した。内外の研究者多数の参加があり、活発な質疑応答がなされ、たいへん有意義な講演会となった。

 2018年10月には本学と中国蔵学研究中心の間で「学術交流に関する協定書」が締結された。これにより、中国蔵学研究中心との間の学術交流がますます活発となり、チベット学に対するそれぞれの研究水準がより向上することが期待される。